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2008年5月27日 (火)

渚の足跡71-末吉高校時代①-

 5月27日Photo

 鹿児島県教育委員会事務局指導主事として勤務4年10ヶ月、難行苦行のつらい思い出が先行する。前述した教育課程改訂の混乱やクラブ活動必修化の現場のトラブルなど時期的に運が悪かったといえばそれまでだが、逆にいえば行政の経験が僕の人生に貴重な糧を与えてくれたことも事実であり、天が与えてくれた試練に感謝すべきであろう。曰く「天のまさにこの人に大任を下さんとするや、まずその心志を苦しめ、その筋骨を労せしむ」の言葉を深く噛みしめたのである。とにかくこの時代は過激分子の活動が活発化して、便乗するかのように組合活動が先鋭化しだして体制反対0001の闘争が増していき、それがしばらく尾を引くことになったのである。

 昭和49年4月の異動期に教頭職を与えられて現場に復帰した。指導主事が3人新任教頭として高校の現場赴任した。僕は曽於郡末吉町の県立末吉高校であった。45歳、県立高校では2番目の若さである。 末吉高校は普通科、畜産科、商業科の3学科からなるいわば総合的な学校であるが、普通科しか経験のない僕にとっては勝手がちがう所であった。でも畜産科(現在は生物生産科に改称)は色々な施設があり、牛、乳牛、豚、鶏が大勢いて楽しい。そのとき県は2億円をかけて敷地や家畜舎を大きく拡張して立派な農場に仕立てたので、なおさらである。畜産だけではなく、園芸もある。鉢物、路地物色とりどりの苗を栽培してお花畑が一面に広がっている農場は心を癒してくれる。
 実習の一環として農産物の販売もする。以前は生徒達が外に出て一般家庭に行商なみに販売の実習をしていたそうだが、今はそれはやらず校内で一般の人を対象に無人販売をする。牛乳や卵や野菜が主である。市価より安く採り立てなので安心、僕は毎日牛乳を飲んだ。
 乳牛は10頭以上いた。搾乳は機械で決められた時間に自動的に行われる。透明なパイプを牛乳が勢いよく流れてタンクにどんどん溜まっていく。搾乳所には4頭の牛が並んで餌を食べながら乳を搾られている。そして外の牛は並んで出番を待っている。良くしつけられたものと感心していると係員の説明で驚き、納得した。牧場の牛でも強さの順位が決まっているらしい。搾乳の時間とは牛がすきな上等の飼料を与える時間である。搾乳室の飼料箱に行くまでの通路は牛1頭分の幅しかないので順番に並ばざるを得ない。当然力の強い順に列を作る。搾乳が終わった牛は追いはらえばいいので、最後の牛まで餌にありつき搾乳もし終わるので心配はない。これ、人間の知恵なのか牛のチエなのか、良くわからない。《つづく》

 

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